関宮町 宝引山

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山 行 日 程 2011年7月23日(土)
天   候 晴れ
同 行 者 やまあそさん

 今日はやまあそさんに誘っていただいて関宮町の宝引山に行ってきました。
 和田山町で合流して今日のルートを確認すると、宝引山に登った後は西に向かって下山するのが今日のやまあそさんの計画だそうです。聞けば宝引山に登った後の下山ルートには数十年前まで人が住んでいたけれど今では誰も住んでいない廃村があるということだそうで、いつものことながら探検心豊富なやまあそさんに感心します。
 計画では下山ポイントから駐車地まで歩いて戻るとのことですが、地形図を見れば結構距離があるので「そんなことことしたら二人とも熱中症で死んでしまう」と説得して下山ポイントに私の車をデポすることにしました。
 宝引山の登山口を確認しながら下山ポイントに向かいます。やまあそさんはこの付近をあまりご存知ないようですが、昔良くハチ高原にスキーに行った事のある私は目星を点けて車を走らせて駐車ポイントに向けてどんどん進みます。
 記憶にある橋を左に見て通過すると新しくできたコミュニティプラントがあり、その入り口に私の車をデポしました。
 戻って、宝引山の登山口近くにある常蓮寺の横にある空き地に駐車します。
 準備を整えて9時27分に出発です。
 駐車した後ろから畦道伝いに歩くと右手に金昌寺の正門が現れます。そこから少し下ると宝引山登山口に合流です。

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「常蓮寺の横の広場に駐車」 「宝引山へは右に進む」

 登山道に合流してしばらく進むと「三柱神社」とあります。その名のとおりご神体は三体あるのでしょうか?
 神社の横を流れる沢に沿って道が伸びているのでそれを辿ります。
 沢沿いに登っていると砂防がありそれを右方向に巻きますと目の前が開けました。お墓がたくさんありますので金昌寺の裏手に出たようです。
 少し登ると沢沿いに登山道が続いています。但馬ハイキングに紹介されていますが道は不明瞭なところもあったりしました。でも、沢沿いに登っていけば間違うことは無いので安心です。

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「三柱神社を左に見て登山道を進む」 「道が不明瞭なところも・・・」

 沢沿いに登っていくと沢山の石積みが多く残っています。田圃の石積みのようなものもあれば沢に沿って水路を築くように積んであるものもあります。その石積みは私たちのルートを案内するかのように延々と続いていました。
 三柱神社から30分ほど谷を詰めると尾根を横切るような道に合流しました。宝引山にはこの合流を左に進みますが、明らかに右にも進むことができる明瞭な道です。以前にもこのルートを登られたやまあそさんは、調査のため右方向に行かれたそうですが結構続いていたそうで途中で断念されたそうです。残念ながら今日も先は長いので右には行けません。

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「石積みの水路に沿って谷を詰める」 「明瞭な道に合流」

 これまでのルートははっきり判りませんでしたが地形図の点線通りのルートでしたし、沢沿いに進めば良かったので迷うことはありませんでした。でも、ここからはっきりとした道がトラバースするように水平に西に向かって伸びています。
 これまでの谷のルートは殆どが杉の植林帯でしたが、ここからのトラバース道は自然林が豊富でとても良い雰囲気です。
 ヒグラシの鳴き声が涼さを運んできます。気温は24度です。

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「とても良い自然林のトラバースで道は明瞭」

 自然林に覆われた道を穏やかに登っていくと尾根に到着です。尾根に沿って道が付いており、左に折れて尾根を下れば三柱神社の西側の左の尾根に下っていくように思われます。
 やまあそさんによればここには不思議な石の造形物があるそうです。話を聞きながら尾根を右に進むとありました。でも何故このように石が並んでいるのか判りません?
 あたりを調査するも他にそれの意味を推察するものも無いので「何かの祭事の跡だろう」との結論に至りました。が、この後この謎が解けたのであります!
 二人であーだろうかこーだろーかと独自の理論をぶつけて時間をロスして宝引山に向かうことにします。
 ほんの少し尾根を歩くと明らかな道が二つに分かれています。ひとつは地形図に記載されている点線で左の方向に、もうひとつは現在の宝引山への登山ルートで尾根を登っていきます。
 やまあそさんによれば、以前地形図の点線を辿られたそうで行き止まりだったとのことです。が、記憶が定かでないとのことです。でもこれだけ明瞭な道があるのに本当に点線は途中で消えてしまうのでしょうか?確認のために駄目元で進んでみることにしました。

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「溝を形作るように石が置かれています」 「正規ルートは右だが地形図の点線の左へ!」

 道幅は1m程あり整備されているようです。これは何か目的があったに違いないと思いながら進んでいると道の傍に半分埋まった穴が・・・
 「鉱石の採掘跡や!」とやまあそさんがYell!!!
 しばらく進んでいると穏やかな傾斜を維持しながら登っているこのルートは人工的に造られたもので石積みなどで整備されたいます。
 ふと左下を見ると鉱石を採掘した名残があちこちにあります。この道は鉱石を運び出す木馬道であったようです。そうなれば、先ほどの石の造形は鉱石を積み替える場所の名残のようです。

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「石積みがされた道」 「鉱石の採掘後を調査」

 鉱石の採掘跡はそこかしこにあります。運び出したであろう道をどんどん進むと谷に突き当たり整備された道も終点です。
 整備された道を辿ったので登山道である地形図の点線を過ぎてしまっています。点線を辿るならば来た道を戻らなければなりませんが、戻って登るのもこの谷の右側の斜面を登るのも同じなのでここから斜面を登って尾根に出ることにしました。でもちょっと急・・・
 その急な斜面を登って地形図の点線に合流しましたが登山道らしき踏み跡はありませんでした。尾根を登って緩やかになると正規の登山ルートに合流しました。

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「急な斜面を15分登る」 「正規ルートに合流」

 平坦な場所を見つけて一休み。やまあそさんが買ってきてくださったフルーツゼリーは冷たくて美味しく元気が復活!
 現在の標高は600m、頂上まで残り200mの登りです。が、ここからの登りも結構急です・・・
 急な斜面を二人喘ぎながら登ります。でも、暑さがましなのが救いです。いつもなら暑いあついと連呼する私たち二人がそんなに言わないのが不思議なくらいでした。
 最後の登りを登りきると斜面が穏やかになりブナはありませんがミズナラが多く良い雰囲気になってきました。
 ちょっとした斜面を登りきると宝引山、三等三角点点名「寶引」(803.5m)に到着です。残念ながら木々に囲まれていて眺望はよくありません。でも、木々の間から但馬妙見山を見ることができました。
 時刻は11時40分、2時間と少しで登ってきました。プロトレックを見ると気温は23度で、とても涼しい休憩です。

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「自然林の穏やかな斜面を登る」 「宝引山に到着」

 30分程の休憩を終えて出発です。ここからは、西の方向に進んで廃村の鹿倉を訪れて鹿倉口に下山します。
 これまでは結構急な登りばかりでしたが、ここからは穏やかな尾根歩きとなりますので楽チンです。
 三角点から西に伸びる尾根に入ると関宮町側は自然林ですが村岡町側は杉の植林となっています。その植林帯はヒグラシの大合唱!あちこちで鳴いていますからたやすく見つけることができるほどです。
 しばらく進んでいると木々の間から兎和野高原が見えました。
 宝引山から25分ほど歩くと分岐に到着です。じつは、鹿野の廃村に行くルートは二つあり、この分岐を左に下れば村があった谷の南側の尾根を下っていきます。もう一つは、この分岐を右に進んで関宮町と村岡町の町界尾根に出たあと村があった谷の北側の尾根を下るルートです。今回は、氷ノ山などの山々も見たいので後者、村があった谷の北側の尾根を下ることにします。この分岐を右に進みます。
 この分岐を右に辿った尾根はとても良い尾根でした。

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「三井物産の『まむし注意』を右へ」 「とても良い尾根が続く」

 気持ちの良い尾根を10分ほど歩くと町界尾根に到着、ここを左に進みます。
 尾根をほんの少し歩いて右の谷へと下っていく町界と離れて尾根を辿っていきます。尾根には踏み後が明瞭で良く管理されています。木々は赤松が多くなってきました。
 しばらく歩いていると右側に木々が開けているところにやってきました。尾根からは見えませんが、少し斜面を下ると氷ノ山が見えそうです。でもちょっと急・・・
 足元に気をつけて10mほど下ると正面にハチ高原が見え、右には鉢伏山、左にはガスを被った氷ノ山を見ることができました。ここでも結構涼しいのでガスを被った氷ノ山の頂上はきっと寒いくらいでしょう。

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「氷ノ山から鉢伏山」

 右の斜面から徐々に若い檜の植林が押し寄せてきました。そして明瞭だった道が徐々に藪っぽくなってきました。でも、尾根を離れなければ全く問題ありません。
 少し急な尾根を下りきると鞍部に到着。廃村の谷に下りるのにはこの鞍部が一番良い場所ですのでここから谷に下りることにします。谷に向かう斜面はさほど急でもなく簡単に下ることができました。
 谷に降り立ち沢沿いに歩いていると目の前に廃屋が見えてました。やまあそさんの今日一番の目的です。

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「鞍部から谷に下る」 「昭和40年代まで生活されていた家」

 中を調査したり、このあと墓も見つけることができて今日の目的を達成し、やまあそさんはとても満足されたようです。
 あとは駐車地に戻るだけです。沢沿いの道を下っているとお社がありました。それはここに最後まで住んでおられた方のお父さんが大正初期に建立されたものでした。扉は堅く開けることができませんでしたので何が祀られているのかは判りませんでした。
 この後順調に古の道を歩いて駐車地には14時30分に到着です。 

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「お社」 「駐車地にに到着」

 今日歩いたトラックです。

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